岐路

 2月1日はプロ野球ファンにとって特別な日です。全球団がキャンプインします。監督・コ-チを先頭に殆どの選手が神社に行き、今期の優勝を祈願する姿がTV・スポ-ツ番組・スポ-ツ紙を埋めます。番組もスポ-ツ紙も、今年のセ・パ両リ-グの優勝予想、順位予想を、お抱えの評論家がもっともらしく語りますが、私は個人的には、経済評論家の経済の行方、スポ-ツ評論家の順位は天気予報より当てにならないと思っています。神社の前に整列している選手は、今年大きな故障や変化がない限り収入面で安定しますが、一方で昨年の12月に球団を去って行った多くの選手がいます。毎年12月中頃からスポニチに「惜別球人」と称して、球団を解雇された選手名と実績、今後の身の振り方が掲載されます。解雇された選手の中で、1軍を経験して解雇された選手は140名います。この中には2軍・3軍・育成は含まれていません。140名の内、再出発の欄に未定や現役希望と書いた選手が49名います。49名はどんな正月を迎えたのでしょうか?優勝祈願をしている元同僚をどんな気持ちで見ているのでしょうか?解雇人の中にはFA宣言で有名球団に招かれ、一時は活躍した選手もいます。FA宣言をしなければ元の球団でコ-チ、監督への道もあったかもしれません。大リ-グにあこがれて米国に渡ったものの選手生命は短く、日本に戻っても活躍できずに解雇された選手です。また、ドラフト1位で入団したのに、30歳未満で解雇された選手が10名もいることに驚きます。スカウトの目が曇っていたのか、コ-チが育てられなかったのか不明です。昨年の「オイロン通信」10月号で侍ジャパン監督稲葉氏と野村克也氏の関係を書きましたが、「技術を見る目・発掘の目」がいかに重要か知らされました。140名中49名以外は、限定的に球団に残りますが、多くは1年の雇用です。今年の12月には新たな惜別球人が出てきます。それまでの球団の恩情雇用です。12月には岐路に立たされます。140名の中で1人だけ輝いていた選手がいました。14年にドラフト2位でロッテに入団した田中英祐投手(25歳)は三井物産に就職です。彼の出身大学は京都大学。「芸は身を助く」学問は積み重ねていくものです。

 フジTVの番組ザ・ノンフィクションが毎日曜日に放映されています。12月の放映で主人公になったのは、40歳になるホスト「伯爵」でした。彼は20歳でホストの道に入り、歌舞伎町で1番、伝説のホストと言われた男です。歌舞伎町で1番は、日本で1番と同じです。同年代のサラリ-マンの年収を1ヶ月で稼ぎ、ホストの「カガミ」と言われていました。しかし40歳になった今、彼を指名する客も無く後輩のホストのヘルプ役として店に出ています。ヘルプは給料も安く16万円程で、新宿のワンル-ムマンションの家賃を支払えば手元に残るのが約3万円、空き時間をコンビニのアルバイトで生活し、食事は手作りのもやしラ-メンです。岐路に立たされた伯爵は辞めたくても、過去の栄光が忘れられず、以前客から「持っていなければいけないプライドと、今すぐ捨てなければいけないプライドがある」と言われても、自分を変えることができませんでした。久し振りにお客が付いてもノルマの売り上げが前面に出て、途中でお客を帰らせてしまい、後輩からは邪魔者扱いされ、社長からは「お前の良いところ、悪いところを知っているが、今は悪いところのみ。他のホストの足を引っ張っているから辞めてくれ」と言われて店を去りました。職安に行っても年齢的にも、手に職が無い伯爵には求人がありません。再度店を訪れ、皿洗いから再出発をするのですが、そこには以前の伯爵の姿はなく、平身低頭の男がいました。変わった彼が受け取った給料は40万円。食事ももやしラ-メンから生姜焼きに変わりました。伯爵も惜別球人になった選手も、自分の立ち位置を早く知っていれば、と思います。立ち位置は、毎年毎月異なります。立ち位置がその時々の出発点です。多くの成功人が発する代表的な言葉が「諦めなければ達成する」ですが、それは成功した人の言葉で、諦めずにやっていても沈んでいた人を多く知っています。生まれ持ったセンスと諦めない努力は必要ですが、途中で肩を叩いてやるのも先人の役目です。(典)

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