NHK放送文化研究所が、昨年3月調査した「日本人の一番好きな言葉」と「日本語の中で一番美しい言葉」を発表しました。好きな言葉は60位まで、美しい言葉は10位までの発表です。好きな言葉には「思いやり」「健康」「平和」と日本人らしい言葉が綴られていました。美しい言葉には「さようなら」「はい」「おはようございます」などあいさつの言葉が多かったようです。両方の言葉の中で、ダントツで1位にあげられていたのが、感謝を表す慣用語として用いられている「ありがとう」でした。言葉のもつ意味の中でも「ありがとう」は感動を覚えます。
今年の4月に、30年間続いたTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」が終了しましたが、リスナ-の投書からも「ありがとう」の美しい言葉が聞こえてきました。昨年の秋だったと思いますが、番組で取り上げられた、忘れがたい放送がありました。日本で3人目となる全盲の弁護士、大胡田誠さんの話です。大胡田さんは先天緑内障で12歳の時に失明しました。つくば大学付属盲学校で、中学、高校を過ごし、慶応大学法学部に入学、そのまま法科大学院に進み、8年に及ぶ苦学の末、2006年に5回目のチャレンジで司法試験に合格しました。盲人である彼は、勉強時には点字を打たなければなりません。点字を打つ音は、(私は聞いた事はありませんが)気になる人は集中力が切れるようです。大学の教授が大胡田さんに「点字を打つ音が気になる生徒もいます。席を移りなさい」と命じました。すると仲間の学生が「音が気になる者がいれば、その者が移ればいい。大胡田君が移る必要はない」と教授に提言しました。大胡田さんは、ただ一言「ありがとう」とお礼を言った、という放送でした。この「ありがとう」も感動を覚えます。
英文学の池田潔さんは、英国のパブリックスク-ルからケンブリッジ大学で学んだ方ですが、クリケットが好きで、著書の「自由と規律」の中にこんな話を書いています。クリケットはスポ-ツマンシップの塊と言って良いぐらい、公正・公平が最も重視され、英国では、間違ったことには「それはクリケットじゃない」と言われる程です。世界50ヶ国以上で行われ、サッカ-に次ぐ競技人口です。以前はオリンピックの種目でもありました。そのクリケットの中で、ある学生が大記録達成まで、あと一歩に迫った時のことです。その上、この試合は彼の学生生活最後の試合でした。選手が打席に立ったとたん、守備についていた相手チ-ムの選手が一斉に引き揚げ、投じられた球は真中への緩い球で、バットを当てれば、大記録が達成される情景でした。だが彼は、わざと空振りしてアウトになりました。相手チ-ムは大記録を達成して欲しいと、最大の厚意だったのです。彼は「自分にとって一生に一度の大切な試合だった」間をおいて「ありがとう」と言ったそうです。日本語ではなかったでしょうが、池田さんは「スポ-ツマンシップとは、対等な条件でのみ勝負に挑む心がけを言うのであり、その場面を作ってくれた、敵・味方に、心からの、ありがとうの言葉が出たのです。」と書いています。スポ-ツでは、先のリオデジャネイロオリンピックでも感動のシ-ンがありました。内村航平選手に最後の最後、逆転負けをして優勝を逃したウクライナの選手は、記者会見で「伝説の男と戦えて幸せだ。航平ありがとう」と言っていました。スポ-ツマンのありがとうは心にしみます。最後に秋になると思い出す話があります。秋は名月、月は1年中で一番美しいです。「月々に、月見る月は多けれど、月見る月は、この月の月」詠み人知らずの歌ですが、プロポ-ズの歌とも言われています。女性を月にたとえて、世界には多くの女性がいますが、あなたほど美しい女性はいません。「この月の月のように・・・」しかし、プロポーズした男性は、遊び人だったのか返歌は「心こそ、心惑わす心なり、心に心、心許すな」あなたは一時的な心の迷いです。迷いから早く冷めてください。やんわりと断る日本語は、美しいと思いませんか。「ありがとう」を生んだ日本語は美しい!「ありがとう」は我が社の合言葉です。(典)