現場

 以前、栃木県の川治温泉に「宿屋伝七」という旅館がありました。会社としても研修会や社員旅行に使用しました。友人達とも利用し、なかでも学生時代の4人組は、何かと理由を付けては、伝七に泊まり親交を深めました。我々が宿泊したのは新館で、道路を挟んだ本館には囲炉裏や太い梁があり、江戸時代の「旅籠」をイメ-ジをしたものでした。本館の夕食は囲炉裏を囲み、御膳でいただきました。新館は、セミナ-も開催できる近代風で、江戸時代の五街道(東海・中山・甲州・日光・奥州)の通りがあり、其々の街道の主な宿場が宿泊部屋になっていました。広いロビ-は、夜になると仕切りで囲まれて、カラオケバ-になり、ダンスもできる雰囲気でした。本館のお風呂は、江戸時代風、別館は、こじんまりした源泉掛け流しで、露天風呂には、雨天時のために三度笠が置いてあり、宿泊者は本館と別館のお風呂を自由に楽しめました。新館の料理は部屋出しで、料金は川治の他のホテルよりやや高めでした。部屋は2部屋あり、部屋からは、旅館の下を流れる鬼怒川の渓谷の何とも言えない眺めがありました。我々4人組には使いやすい素敵な旅館でした。その「宿屋伝七」が星野リゾ-ト「界川治」になってしまいました。星野リゾートはメディアからの注目度も高く、急成長をしているリゾート会社です。界川治を検索すると、接客が常にいい感じの5星が付いています。以前の「宿屋伝七」を知っている者としては、何処が変わり、何故「いい感じ」のリピ-タ-が増えているのか?行ってきました。外観は全く変わっていません。部屋は畳からフロ-リングになっていました。以前は、畳に布団を敷いていましたが、全てベッドの2人部屋です。セミダブルのベッドで現代風の若者向きに、大きく変わっていました。ベッドの高さも一般的なものや、シティホテルより低く、高齢の方にも寝起きしやすい心配りがされていました。食事は部屋出しから、居酒屋に似た小部屋に移動しての配膳でした。大きく変わったのが従業員の年齢です。以前の仲居さんのおばちゃんから、若い男性・女性に変わり、私達には、ややイケメンの男性が食事の案内と配膳をしてくれました。料理の説明は詳しいのですが、以前の仲居さんとの他愛もない旅の会話や、酔っ払いのおじさんとの会話はありませんでした。客層も、以前より大幅に若くなり、若いアベックが多いように思いました。部屋の稼働率も良いようです。宿屋伝七が何故星野リゾ-ト「界川治」になったかは定かではありませんが、星野リゾートが好まれていることは間違いありません。週刊誌やメディアなどで星野リゾートは分析されています。最大の成長戦略が、権限移譲システムです。つまり諸々の意思決定は、本部からの指示ではなく、現場で行う事です。決定が速く、現場に責任を持たせることが、多くの会社組織と大きく違う点です。現場重視の権限移譲システムと、フラットな組織が星野リゾ-トの両輪になっています。旅館の組織はサ-ビス部門と、マ-ケティング部門に分かれていますが、お客満足を実現するための目標設定は共通しています。星野リゾ-トには両部門を統括する、ユニットデレクタ-がいます。フラットな組織とは、ユニットデレクタ-には全員が立候補できるという事です。「私はこういうことをしたい」とネット配信などを含め全社員に公開します。会社にとって、お客様にとって何が良いかを全社員に問い、皆が選ぶことになります。賛同が多ければ採用されユニットデレクタ-に、賛同が無ければボツになります。提案は5段階評価され、ボ-ナス査定、人事考課に影響があります。頑張れば多くの収入が得られます。フラットの中に競争原理を働かせることで、社員はより良い発想をしていこうと、能動的になります。普通に働いていれば普通に給料が貰えるという安易な意識は無くなります。何度も、何度も提案しても受け入れられず評価も低ければ、辞めていきます。離職率は高いですが、星野リゾートの組織に合い、お客満足提案が次から次と出せる職員が其々の旅館を支えています。星野社長はホテル界の時代の寵児と言われていますが、既存の業界システムを変えた勇気に脱帽です。思い出しました。

 知恵を出せ、知恵が出なければ汗を出せ、知恵も汗も出なければ去れ。(ある会社の標語)(典)