えらい人

 人間褒められて気を悪くする人は少ないでしょう。しかし褒め言葉でも、曖昧な言葉もあります。その1つが「ユニ-ク」という言葉です。「あなたはユニ-クですね」と言われると、容姿、考え方、仕草、会話、とその中でどこが褒められているのか解らないけれど、気分としては悪くはありません。私の場合「ユニ-ク」と言われれば、他人と違って勝手な優越感を持ちます。ユニ-クと同様な言葉に「えらい」があります。子どもに向かって「君は家のお手伝いをしてえらいね」と言ったら、立派だね、となります。これは褒め言葉ですが「あの人は会社でえらい人だ」と言えば、会社の中で社長など地位の高い人の事を言っています。この言葉には、立派な仕事をしたから高い地位に出世したという含みもあります。「えらい」は褒め言葉以外にも使われています。私の田舎(三重県)では褒め言葉とは全く別の意味で使います。「今日の仕事はえらかった。」このえらかったは難儀したで事です。同様に「風邪をひいて、熱が出てえらかった」これも難儀した意味です。「今日はえらい目にあった」とも言い、これは大変な目にあったという意味です。「えらい大きな木だな~」とか「えらく遊んだな~」はたくさんと言う意味があります。中でも一番多く使われている「えらい」は、やはり「立派」という意味だと思います。

 哲学的になりますが、立派って何でしょう?例えば、会社の中で上司が活動的だった場合、すぐ行動に移す部下に対して、立派だ、えらい社員だと評価するでしょう。しかし上司が不言実行型であれば、静かに計画を立て、目標通りの期限までに仕事を達成する部下の方が立派で、えらいと思うでしょう。上司によって部下の同じ行動が立派、えらいになったり、煙たがられる結果になったりします。評価する人が何を大事にするかによって大きく異なります。褒める事は難しいものです。ものすごい美人から「あなた美人ね」と言われたり、天才的に頭のいい人から「君は頭が良いね」と言われたりしたら、嫌みに取る人がいるかもしれません。しかし、ものすごい美人や天才に「えらいね」と言われたら、あなたはいかがですか?「えらいね」には使う相手によっての方程式があると思います。「すごいね」とか「素敵だね」とか「いいね」は何時でも相手の事を素晴らしいと思った時に使えますが、目上の人には使えません。社会に出れば上司に使えないのが定説です。しかし学校・塾・サ-クルの子供の世界ではコミュニケーションの一環として、ジョ-クのように使われています。我々の子どもの頃には考えられなかったことですが、時代と共に変わりました。「えらい」って面白い言葉だと思いませんか?

 30数年前でした。当時我社は千葉県松戸市に6教室を有していました。松戸駅から少し離れた住宅内に松戸本部校があって、150名程の生徒が学習していました。ある日、中2の女生徒が学校帰りのままの制服姿で塾に飛び込んできました。彼女の通塾の曜日ではありません。ドアを開けるなり「先生助けて」と彼女は叫びました。目には涙、駆け出して来たせいもあり荒い呼吸、そして震えています。話を聞けば、帰宅したら怖い人達が家を囲み家に入れないとのこと。彼女の父親は工務店を経営されており、倒産でした。「怖いから家に帰りたくない」の繰り返しです。日は暮れてくるのに、家に電話しても通じません。塾の近くの中華そば屋で夕食を取り、隣の市に住む叔母さんに連絡が通じたのは、塾の授業が終わる10時でした。彼女は、叔母さんの迎えの車で帰りました。その後、彼女は、高校に進み、自力で大学にも入学し、時々、塾に寄って近況を話してくれました。社会人になってからは、音信も途絶えましたが、松戸駅前の伊勢丹デパ-ト松戸店でばったり会いました。彼女は伊勢丹デパ-トの職員になっていました。2人で店内の喫茶店でお茶をしながら、当時の事、奨学金を貰いアルバイトをして大学を卒業した事など話を聞きました。一人っ子だった彼女は、自分で自分の人生を切り開いて行きました。彼女こそ「えらい人」だと思います。(典)

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